海外生活で日本語が減ったら、なぜか日本語がきれいになった
こんにちは。
男児二人の母、えびてんです。
海外に住むと、
日本語を使う機会はどうしても減ってしまう。
今、インドのインターに通う息子たちは、
学校ではほぼ英語。
日本語を使うのは、
家庭で私たちと話すときや、
日本人の少ない友達との会話、
そして日本語の本やアニメなど。
日本にいた頃と比べれば、
日本語に触れる時間は圧倒的に少ない。
それなのに最近、ふと思ったこと。
あれ? 日本にいた頃より、
日本語がきれいになっていない?
国語が得意になったという話ではない。
親として気になっているのは、
もっと日常的な「言葉遣い」の部分。
日本にいる頃、気になっていたこと
幼児期は、日本のバイリンガル幼稚園。
その後、マレーシアでは
インターナショナルプリスクールと日本人学校。
本帰国後は、日本の公立小学校に通学。
インドでは、インターナショナルスクール。
ふり返ってみると、
息子たちの日本語に対して
「なんだかな」と思うことが増えたのは、
日本語を使う環境に戻ったときだった。
もちろん、年齢的なものもある。
男の子同士で遊んでいれば、
多少口が悪くなるのも分かってる。
ただ、暴力的な言葉や、
あまりきれいとは言えない表現を使うことが増えていくのが、
親としては少し気になっていた。
日本語そのものが流暢ではある。
会話にも困らない。
でも、
「その言い方、わざわざしなくてもいいんじゃない?」
と思うような場面が増えていく。
マレーシアの日本人学校でも同じだった
マレーシアの日本人学校に通っていたときも、
似たようなことを感じていた。
海外の日本人学校とはいえ、
日本語で授業を受け、
日本人の子どもたちと日本語で生活する。
我が家が通っていた環境では、
まわりの子どもたちもほとんど日本人。
つまり、日本語を学ぶという意味では、
日本の学校とかなり近い環境。
一方、
マレーシアのインターナショナルプリスクールにいた頃は、
子ども同士の会話は英語が中心。
この頃は、子どもの日本語の「質」について、
あまり気にした記憶がない。
ところが日本人学校に移り、
さらに日本の公立小学校に戻ると、一変。
耳をふさぎたくなるような言葉のオンパレード。
そして、今はインド
現在、息子たちは
インドのインターナショナルスクールに通学。
学校では英語。
友達との会話も基本的には英語。
日本語を使う相手は、かなり限られている。
- 私たち夫婦
- 日本人の少ない友達
- 日本語の本やアニメ
最近、息子たちが夢中になっているのが
「宇宙兄弟」
アニメを見たり、漫画を読んだりしている。
日本語のアニメも何でも見せているわけではなく、
暴力的なシーンが多かったり、
言葉遣いが極端に荒かったりする作品は、避けている。
こうして考えてみると、
日本語に触れる「量」は減ったけれど、
触れている日本語の「質」は、
もしかすると以前より高くなっているのではないか。
そんな仮説が浮かんでくる。
年齢による変化もあるだろうし、
本人たちの成長や性格も関係していると思う。
でも、このことに気づいたとき、
私はちょっと衝撃だった。
「日本語環境が少ない=日本語に悪い」とは限らない?
海外に住むと、どうしても
「日本語が遅れないかな」
「日本語を忘れないかな」
という心配をしがち。
我が家もそうだった。
学校では英語、
日本語を使う時間は圧倒的に減る。
だから、日本語については
「量を確保しなければ!」と思っていた。
でも、今回感じたのは、
もしかしたら量だけではなく、
「誰から、どんな日本語を聞いているか」
もかなり大きいのかもしれない、ということ。
日本に住んでいれば、
日本語は当然たくさん入ってくる。
学校でも、友達との会話でも、テレビでも、街の中でも。
その量は、海外にいる今とは比べものにならない。
一方で、海外にいると
日本語の環境そのものが限られる。
だからこそ、
「どんな日本語が入ってくるのか」を
意識しやすくなるのかも。
日本語そのものを、
どんな環境から取り入れているのか。
「日本語を維持する」というと、
つい勉強量や読書量の話になりがちだけど、
量だけではなく、
どんな日本語を日々インプットしているのか。
今回の気づきをきっかけに、
もう少し考えてみたいと思っています。


